結婚してからしばらくの間、
私は「ちゃんとしたご飯を出さなきゃ」という気持ちに、ずっと追われていました。
私も仕事をしているけど、
結婚しているし、
だから、バランスのいい食事を、できるだけ早く出すのが当たり前。
誰かに言われたわけじゃないのに、
それができないと、なぜか罪悪感が湧いてきて。
夫は一品料理でもいいよ、と言ってくれる人なのに、
お風呂から出てくる時間に間に合わなさそうだと、
私ひとりで焦って、勝手にイライラしていました。
「ちゃんと作れない自分」が許せなくて、
そんな自分にも、また疲れていました。
▶︎何も生産していない日に、なぜか落ち着かなかった私が楽になった理由
頑張ろうとすればするほど、苦しくなった
その頃の私は、
作り置きおかずを頑張ってみたり、
毎日きちんとバランスよく献立を考えたり、
とにかく“ちゃんとやろう”としていました。
作り置きは 作っている時は頑張っているのに
食べる前に「盛るだけ」がメインになってしまって、
食事前に自分の中で“作っている感じ”がなくて。
なぜか満たされなかったんです。
(おそらく、作り置き頑張ってるのに、夫が作っているところを見ていないからいつも、
簡単に出てくるみたいに思われるのが嫌だったのかもしれません。なんでそんなにちゃんとやってると認められたかったのだろう。)
楽になったきっかけは「朝のうちに切る」だけ
いろいろ試した末に、
私に一番合っていたのが「段取り調理」でした。
といっても、大したことはしていません。
朝のうちに、野菜を切っておくだけ。
それだけを、
自分の中の最低ラインにしました。
「とりあえず切るだけはやっておこう」
そのくらいの低いハードルです。
切るだけで終わるつもりが、
余裕がある日は
「じゃあ、ついでに煮ておこうかな」
「下味だけつけておこうかな」
と、自然に次の一手が出てくるようになりました。
▶︎「これだけやればいい」に変えたら、毎日が急かされなくなった
夜は、極力包丁を使わない
この習慣が続くうちに、
夜はなるべく包丁を使わない、という形に落ち着きました。
朝の自分が切っておいてくれたおかげで、
夜は炒めるだけ、煮るだけ。
夫が帰ってきてから作るので、
「今、作ってる」感じもちゃんとあるし、
何より、あっという間にできあがって段取り上手にできた自分に嬉しくなる感覚がある。
夜に
「何作ろう…どうしよう…」
と考える時間がなくなっただけで、
夕飯前のイライラや、
よく分からない罪悪感が、ほとんど消えました。
ご飯の時間が、また楽しいものに戻った
この段取り調理をするようになってから、
外食やお惣菜を買う機会も自然と減りました。
節約にもつながったし、
なにより、ご飯の時間そのものが楽になりました。
私にとってこのやり方は、
ミールセットを自分で作っているような感覚に近いのかもしれません。
「ちゃんと」は、誰のためだったんだろう
ちゃんと作らなきゃ、と思っていたのは、
結局、私自身でした。
夜に包丁を持たなくなっただけで、
夕飯の時間がこんなにも穏やかになるなんて、
あの頃の私は思ってもいませんでした。
でも今は、
頑張らなくても続く形のほうが、
結果的に暮らしを支えてくれると感じています。
完璧じゃなくてもいい。
評価されるためのご飯じゃなくていい。
自分が楽で、
一緒に食べる時間が落ち着いていれば、
それで十分なんだと思えるようになりました。
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