「お子さんがいないと、老後は寂しくないですか?」
「年を取ったら、二人きりで心細いんじゃない?」
悪気のない、でも核心を突くようなその言葉に、
以前の私はうまく笑い返せませんでした。
結婚したばかりの頃、
そして不妊治療を辞めた直後の私は、
誰よりもその「未来の寂しさ」に怯えていたからです。
「本当に、二人だけで大丈夫なのかな……」
夜中にそんな不安が込み上げてきて、隣で眠る夫の寝顔を見ながら、
一人で泣いたこともありました。
でも、家で仕事を始め、
不器用ながらも10年という月日を積み重ねてきた今、
私の心境は少しずつ、でも確実に変わってきています。
「あちら側」になれなかった、あの頃の痛み
かつての私は、ショッピングモールや公園で賑やかな家族連れを見るたびに、
胸の奥がチリチリと痛みました。
「私はあちら側にはなれなかった」
「私の未来には、あのにぎやかさは訪れないんだ」
将来の話をしても、世の中は「子どもがいる前提」で回っているように見えて、
自分たちだけが取り残されたような疎外感を感じていた時期もありました。
▶︎ 子どもがいない人生を、受け入れられるようになるまでの時間
寂しさは、「子どもの有無」だけで決まるものじゃない
不妊治療に区切りをつけ、私たちは「子どもを持たない人生」を歩むことになりました。
すぐに前を向けたわけではありません。
でも、家で静かに仕事をし、淡々と日常を繰り返す中で、
ふと気づいたことがあります。
「寂しさ」というのは、
子どもがいるかどうかだけで決まるものではない、ということ。
子どもがいても、自立して遠くに住むかもしれない。
にぎやかな家庭でも、ふとした瞬間に孤独を感じることはあるかもしれない。
人は誰だって、年齢を重ねれば環境が変わり、
多かれ少なかれ寂しさと付き合っていくことになる。
そう思えたとき、無理に「にぎやかな未来」を追い求めるのをやめることができました。
▶︎不妊治療をやめたあと、夫婦の時間は静かに変わっていきました
「二人きり」という特権を、味わい尽くす
今の私たちは、にぎやかさの代わりに「静寂」と「自由」を手にしました。
朝、ゆっくりとコーヒーを淹れて二人で飲む。
仕事の合間に、今日あった些細なことを話す。
休日にふらりと散歩に出かけ、気が済むまで美術館で絵を眺める。
そんな、何でもない、でも誰にも邪魔されない時間。
「もし子どもがいたら、こんなに静かに空を見上げる時間はなかったかもね」
そんな会話が、強がりではなく、素直な実感としてこぼれるようになりました。
まとめ|静かな人生も、一つの幸せの形
老後を想像するとき、以前は真っ暗なトンネルのようでした。
でも今は、夕暮れ時の穏やかなリビングのような景色を想像しています。
好きな本を読み、ときどき無理のない範囲で旅行に行き、
美味しいものを「美味しいね」と言い合って食べる。
派手なイベントはなくても、そんな穏やかな日々を二人で過ごせたら、
それはとても贅沢なことなんじゃないかと思っています。
子どもがいない人生には、不安も、ふとした瞬間の寂しさもあります。
でも、それ以上に、
「今、目の前にある静かな幸せ」を大切にできる自由があります。
私たちは、これからも「二人きり」という形を楽しみながら、
一歩ずつ、自分たちらしい老後へ向かっていきたいと思っています。
将来のために貯めるだけでなく、「今」をどう豊かに生きるかを教えてくれた一冊です。
・DIE WITH ZERO
この本を読んでから、老後への過剰な恐怖が消え、「今、夫と笑い合う時間」に投資しようと思えるようになりました。
ブログランキングに参加しています。
応援クリックして頂けると更新の励みになります。
