親や親戚と会ったあと、
なぜかどっと疲れてしまうことがありました。
仕事のこと。
お金のこと。
子どものこと。
みんなそれぞれ、
「どれだけ頑張って、どんな成果を出してきたか」を
語る場所。
自営業を続けていることも、
夫婦で転職を重ねてきたことも、
子どもがいない暮らしも、
その場では説明しきれない気がして、
だんだん黙りたくなっていきました。
比べられると、どうしてこんなに苦しくなるんだろう
「頑張ってきた人生」
「成果を出してきた人生」
そう言われるたびに、
私はどこかで
自分は足りていない人間なのかもしれない
そんな気持ちになっていました。
でも、よく考えてみると、
そもそも立っている場所が違います。
働き方も、
家族の形も、
大切にしているものも、
同じ土俵じゃない。
それなのに、
同じ基準で比べられると、
心だけがすり減っていく。
二人でいると、なぜか安心できる理由
不思議なことに、
夫と二人で家にいるときは、
あのモヤモヤが消えます。
収入が多いわけでもないし、
将来が完璧に安心なわけでもない。
それでも、
今の暮らしは「足りている」と感じられる。
静かに話して、
家事を分け合って、
同じ空間で同じ時間を過ごす。
比べられる言葉がないだけで、
こんなにも心は落ち着くんだと知りました。
小さな暮らしを選んで、残ったもの
比べるのをやめたら、
暮らしの中に残ったのは、
ほんの少しの習慣でした。
朝や午後に、
夫と一緒にコーヒーを淹れること。
高級な豆でも、
特別な道具でもありません。
「これで十分」
そう思える一杯があるだけで、
今の暮らしはちゃんと満たされている。
私が続けている、何気ない習慣
何かを証明しなくていいほっとする時間。
それがあるだけで、
私はもう十分だと思えるようになりました。
比べなくてよかったと、今は思う
誰かの人生を否定したいわけじゃない。
ただ、
自分の暮らしを否定され続ける場所から、
少し距離を置いてもいい
そう思えるようになっただけ。
小さな暮らしだけど、
二人で笑って、
静かに続いていく毎日。
私はこの暮らしを、
ちゃんと大切にしていきたい。
▶︎ 頑張ってきたつもりなのに、報われなかったと感じるときに考えていること
▶︎ 何も生産していない日に、なぜか落ち着かなかった私が楽になった理由
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