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夫婦なのに、無意識に「評価されよう」としていた頃の私

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今思うと、少し不思議なのですが。

私は長い間、夫に対して

「ちゃんとした自分でいなきゃいけない」

と、どこかで思っていました。

 

 

夫婦なのに。

一緒に暮らして、いちばん近い存在なのに。

なぜか私は、無意識に“評価される側”に立っていたんです。

 

 

ちゃんと家事をしているか。

怠けていないか。

無駄なお金を使っていないか。

 

 

そんなふうに言われたことは、一度もないのに。

それなのに、頭の中ではいつも

「できている私」でいようとしていました。

 

 

いちばん分かりやすく出ていたのが、毎日のご飯作りでした。

 

 

夫がお風呂から出てくるタイミングに合わせて、

バランスのいい食事を、できるだけ早く出さなきゃいけない。

私はずっと、そう思い込んでいました。

 

夫は「二品でもいいよ」と言ってくれていました。

毎日は大変だから無理しなくてもいいよと。

私も、仕事が忙しい時期は

どうしてもご飯を作る時間が遅くなり気になっていました。

でも夫は少し遅くなっても、何も気にしていなかったと思います。

 

それなのに、

時間に間に合いそうにない日や、

しっかり作れないと思った日は、

私はひとりでイライラしていました。

 

できない自分に腹が立って、

その“責任”を、いつの間にか全部自分に背負わせていたんだと思います。

 

 

料理自体が嫌いだったわけじゃありません。

むしろ、作ることは嫌いじゃなかった。

 

 

ただ、

「作らなきゃ」

「ちゃんとしていなきゃ」

そうやって自分を追い立て続けるうちに、

だんだんと、料理がしんどいものに変わっていきました。

 

 

その頃は、

「料理は嫌いじゃないのに、作るのが苦手になってしまった人」の話や、

気持ちの持ち方について書かれた本を読んでいた時期もありました。

 

 

 

 

今思えば、

上手に作りたかったわけじゃなくて、

この苦しさをどうにかしたかったんだと思います。

 

 

あるとき、ふっと力を抜いて、

「今日はちょっと遅くなってもいいや」

「二品だけでもいいや」

そう思えた日がありました。

 

 

すると、不思議なことに、

気持ちがすっと楽になりました。

ご飯作りの時間が、

追い立てられるものではなく、

ゆっくり流れる時間に変わっていったんです。

 

 

余裕が出てくると、

「今日はこれを作ってみようかな」と思えたりして。

ちゃんとやろうとしていた頃より、

ずっと前向きな気持ちで台所に立てるようになりました。

 

 

そのとき、気づいたんです。

私は夫に評価されていたわけじゃない。

自分で自分を、評価台に乗せていただけだったんだ、と。

 

 

できていない日があっても、

手を抜く日があっても、

夫婦の関係が崩れるわけじゃなかった。

 

 

今は、

夫婦で同じペースで暮らす、というよりも、

無理をしない速度で、並んで歩く

そんな感覚に近い気がします。

 

 

頑張っている自分も、

力を抜いている自分も、

どちらもそのままでいい。

 

 

そう思えるようになってから、

夫婦の暮らしは、ずっと静かで楽になりました。

 

 

夫婦だからこそ、

評価される場所じゃなくていい。

今は、そう思っています。

 

 

▶︎ 夫婦で同じペースで暮らすと、毎日が静かに整っていく話

 

▶︎ 家事って「気づいた方がやる」じゃ、うちはうまくいかなかった話。

 

▶︎ 何も生産していない日に、なぜか落ち着かなかった私が楽になった理由

 

▶︎包丁を夜に使わなくなってから、夕飯の時間が楽になった話

 

 

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